2014年6月30日 (月曜日)

2724 ブログ閉鎖のお知らせ

 

当方が利用している ocn から、2014年11月に閉鎖する旨の連絡を受けたのが約1ヶ月ほど前でした。けっして私個人が決めたことではありません。

それ以降、当ブログの更新をせずに、移行先のブログで更新してまいりました。

9年と111日にわたり、無名の個人としては破格の

 230,000(23万)

のアクセスをいただいてきました。その証拠が次です。奇しくもちょうど23万ですね。 

2014/06/30 12:30現在。

20140630access_23man

少ないときには30~40/日、多いときには300~400/日の訪問をいただきました。ただし平均としては 70弱/日程度です。

 

「石垣島のカンムリワシ」という題名からはずれるような内容が多かったようですが、昔は関東に住んでいたので、たまに1年に1~3回程度訪れるだけでしたからやむを得ませんでした。

 

そしてこれが不思議なところですが

2013年4月からここ石垣島に住むようになってゆっくりカンムリワシを撮影できると思っていると、めっきりカンムリワシが少なくなっているのに気づきました。この10年で間違いなくその生息数が減っていると実感しております。

よって「石垣島のカンムリワシ」という題名が実情に合わなくなっており、ちょうど閉鎖されるのにともなって題名を変えるほうが良かろうか、と思っております。

いずれ11月が近づいたらまたご挨拶をしますが、長年にわたるご訪問に感謝する次第です。

 

 

 

 

2014年5月22日 (木曜日)

2723 ケンカしないサル

 

先日(2014/05/18 19:30-20:00)のNHK総合「ダーウィンが来た(題名には違和感あり)には驚きました。「前回のおさらい」としているので当日の番組とのリンクは切れているかも知れません。

 

もちろん同時の視聴ではなく録画していて後日視聴。北限の下北半島から南限の屋久島までのニホンザルについての特集でした。

その中で、淡路島モンキーセンターのサルが秀逸。 

野生のサルなら縄張り争いが激しいことで有名です。同じ群れの中でも争いをするし、それがないとしても他の群れとの間では激しい争いをして、ともに大けがをしたり命を落とすようなこともあるらしい。

 

しかし研究や保護目的の飼育でもあり、まだ研究半ばで、理由は解明されていないようですが、淡路島の野生サルは、ケンカをしないことで有名らしいのです。

その証拠として、ある文字、例えば「サル」という文字になるようにエサを置いておき、上方からみると、エサに群がるサルによる「サル」という字が浮かび上がるのです。つまりエサを取り合って文字が崩れてしまうようなことがない、のでした。これを「サル文字」というらしい。

なぜケンカをしないのか、このなぞが解明されたら、人類にも貴重な示唆を与えてくれるに違いないと思い、一刻も早く調査をまとめて欲しいと思いました。

 

御存知の通り、中国や朝鮮では、もう激しいけんかは当たり前であり、サルの世界の縄張り争いに近い「ケンカの多い国」という定説があると思われます。

しかし近年の日本では、小さい争いはたくさん見られ犯罪が増えてきたような印象があるとしても、中規模以上の紛争には至らないことが通説になっていて、世界から「ケンカの少ない国」として驚異の目で見られているようです。

 

ワタクチメ「はと」としては、大規模な争いをしないという観点から

①淡路島のサル
②今の日本人

に、どういう関係があるのか、そして

③その他のケンカばかりしている普通のサル
④今の中国人や朝鮮半島人

に、どういう関係があるのか、大いに関心があります。 

 

これが、中国や朝鮮半島の好戦的な民族を沈静化して世界に貢献する民族へと変えるのに何らかのヒントを与える可能性があると思うのです。 

ケンカをしないサルが、はたして

  • 進化の末にたどり着いた姿なのか
  • 進化途中の特長に過ぎないのか  

さあ真実はどこにあるのやら(笑)。

 
 

なお同番組では、鹿の子どもがサルの子どもに鼻の先を触れられても動じない映像も見せていました。確かこれは屋久島での取材だったような記憶ですが・・・・。

「野鳥」関連以外、あまり見ませんが、たまに野生動物の姿を見ていると思わぬことを発見しますね。その反面、ペット動物の映像は、いくらおもしろくても、私の興味をひくことは、ほとんどありません。何らかの作意・作為がプンプン臭ってくるような気がして・・・・(笑)。

 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

 
=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=+=

 

加筆:2014/06/30

2014年11月にここocnのブログ人が閉鎖されることを知って1ヶ月になりますが、それ以降、ブログの更新をしておりません。

当然のことですが、他の場所へ移動することになります。

まだ4ヶ月先のことですが、まえもってお知らせしておきます。

9年半にわたるブログでしたが、無名の個人としては破格の 23万アクセスをいただいたことに、何の利益にもなりませんが(笑)、おおいに感謝しております。

また閉鎖が迫れば、お知らせします。

 
 
 

2014年5月21日 (水曜日)

2722 ロシアと中国

 

やはり私の予言?通り、ロシアと中国が接近しつつあります。

 

ただし言っておきますが、ここは「カンムリワシ」のブログでありロシアや中国などとは関係がないはずですが、昨今の中露の無謀さが目にあまり、黙っているわけにはゆかず、やむを得ず自分なりの意見を述べております。

 

ニュースの流れとしては次のようです。 

 

  1. 中国による尖閣・スプラトリー諸島・パラセル諸島への武力侵攻
  2. ロシアによるウクライナ領クリミアへの武力侵攻と占領完成、更にウクライナ東部を占領しつつある
  3. 2014/05/13時事ドットコム:ロシアのプーチンが5月20日に中国を訪問すると発表
  4. 2014/05/16読売新聞:ロシア艦が対馬海峡通過で「重大な関心」をもつ日本の防衛相
  5. 2014/05/20時事通信:中国上海で習近平とプーチンが共同声明で「ファシズムのドイツ・日本軍国主義勝利70周年」とするも、今やロシアのファシズムと中国の軍国主義に移り変わっているのが落語的でおもしろく、歴史を改ざんしようとしているのが中国とロシアであることに、当人たちだけが気づいていない(笑)。
  6. これにより侵略国同士が結びつきを強くしています。ロシアに経済制裁を加えても、中国に経済制裁を加えても、両国が中央アジアを巻き込んで経済的に結びつくことで、その影響を最小限にしようとしているようですが・・・・。
 

対抗策としてはどんなものがあるでしょうか。

 

  • 中国とロシアの自然崩壊を待つ
  • 中国とロシアの関係を分断するような様々な工作を試みる〔これは各国の工作員が狙っているところか〕
  • 中国とロシアがこれ以上過激な行動に出ることを抑制するような国際関係を構築してゆく
  • これらの複合体となってゆくか
 

なぜか似たもの同士の中国とロシア。

 

それもそのはず、ソ連の支援を受けて共産党が勢力を伸ばした中国。その後中ソ関係が悪化し国境(黒竜江やウイグル)付近で紛争が起き、このあとソ連が崩壊してロシアが代替国家となり、依然として弾圧国家としてのロシアと中国が領土拡張をしながら接近しているのが現状でしょうか。


  

地図でもう一度おさらいをしておきましょうか。〔白地図はこちらから

 

20140521rosia_chugoku_sinnryakuzu  

 

イランやパキスタンが

中国・ロシアと足並みをそろえているものの、インドやASEANや日本が経済的な結びつきを強くすると、中国には十分に対抗できるでしょう。 

 

最後に独裁・国民弾圧で有名な中国とロシア(旧ソ連)を笑うお話を。〔こちらから

 
 

アメリカ人「我が国は民主国家だ。ホワイトハウスの前で『アメリカ大統領は馬鹿だ』と叫んでも罪にならない」
 
ソ連人「我が国も民主的だ。クレムリンの前で「アメリカ大統領は馬鹿だ」と叫んでも罪にならない」

 

よくできた話ですね。「大統領は馬鹿だ」と叫ぶ自由があることは米ソの共通点でしょうが、アメリカでは自国の大統領を「馬鹿だ」と叫んでもいいが、ソ連では他国の大統領を「馬鹿だ」と叫ぶ自由があるのでした。

今でもロシアでは、プーチンを批判する音楽家をすぐに拘束〔その後恩赦で釈放か〕、中国ではもう例を挙げるのにこまらないほどの拘束がみられます。

自分(大統領・主席)には批判の自由があるが、国民が自分(大統領・主席)を批判する自由はない、という共通点が、ロシアと中国にはあるようです、

 

毛沢東がルクセンブルクを訪れ、閣僚一人一人に挨拶をしていた。毛沢東は国防長官の前に来て首を傾げた。「失礼ですが、どうしておたくのような小さな国にそんなポストがあるのですか??」
 
国防長官は答えた。「何をおっしゃるんです。あなたの国にも裁判所があるじゃないですか。」
 

 

これもまた、よくできた話です。中国人には特有の尊大さがあり、武力占領した地域が広大だというだけで自分の国が「大国」だと勘違いしています。

そしてルクセンブルクという面積としては極めて小さいけれども、そこが有数の豊かな国であることを知らない無知な毛沢東が登場し、

小さい国に国防長官が必要なのか

と批判したのですが、ルクセンブルク高官は

貴国にも裁判所がある

とやんわり応えています。直接「中国では共産党が支配していて司法など存在しないので裁判所の意味はない」というよりもこちらの方がうまい(笑)。

 
 
 
 
 

2014年5月20日 (火曜日)

2721 北朝鮮はなくなるべき国

 

南北が互いに薄汚くののしり合うのが、おなじみ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)と大韓民国(韓国)。

韓国には、北朝鮮を敵視したかと思えば、限りなく接近する時代があり、今は再び敵視する時代となり、北朝鮮の信用できない言動があったからとはいえ、二転三転する韓国の北朝鮮対策でした。

こんなニュースがみられます。

 
 

「北朝鮮はなくなるべき国」=韓国国防省報道官が公言
 
 【ソウル時事】韓国国防省報道官は12日の記者会見で、北朝鮮について「いつもうそをつき、歴史に逆行したことを言う本当にあり得ない国だ。早くなくなるべきだ」と述べた。
 
韓国メディアが北朝鮮の主張に惑わされないでほしいという文脈での発言だが、韓国政府の報道官が公に北朝鮮崩壊を願う発言をするのは極めて異例。
 
報道官は「北朝鮮という国に人権、自由があるか。ただ1人(金正恩第1書記)を維持するために存在しているのではないか」と強調。メディアに対し「北朝鮮の言うことを、あまり意味があるように書かないでほしい」と要請した。:時事ドットコム(2014/05/12-11:56)

 

私は、この発言を聞いて笑ってしまいました。「いつもうそをつき歴史に逆行」とは正にその通りですが、韓国自身が襟を正すべき内容でもあり、「韓国政府高官による天につば」する行為か。

「北朝鮮に人権、自由があるか」にも笑います。単一民族を標榜し、韓国内でも初対面の人には家系をさかのぼって祖先たちの間での序列を決めなければ、話に入れないというのは、差別主義そのもの。一体韓国のどこに人権や自由があるのかと思い、これもまた「韓国政府高官による天につば」する行為か。

 

もちろんワタクチメ「はと」は、北朝鮮は 論外とみなしており、対話をあきらめてはいけないとは思うものの、自国民を人質にとって金一族が立てこもっている地域、だと見ています。しかし南側の韓国もまた、似たような地域で、客観性からはほど遠い国民性という共通点をみることができます。

「立てこもり」事件と言えば、1968年に静岡県で起った金嬉老による立てこもり事件を思い出します。

犯人の借金と暴力団関係の問題でしょうが「在日韓国人への差別」が強調され、韓国のマスメディアが「差別と戦った英雄」と持ち上げたものの、後年1999年になって仮釈放され母国韓国へ強制送還され、その後、傷害事件を起こして服役し、英雄が地に落ちたらしい。しょせんそんな程度の人間だったようです。

この線で行けば、韓国マスメディアが、朝鮮半島北部に立てこもっている北朝鮮の金一族が、米帝と戦っている英雄であると見ていることになりますが、地に落ちるのがいつのことやら(笑)。

まぁ、口悪くいうならば、朝鮮半島では北も南も消えてなくなるべきで、出直して客観性を重要視する統一新国家を建設すべきでしょう。そうなれば中国としては都合が悪いでしょうが、その代り新朝鮮半島は世界中から立派な国家として認められ、ますますの発展が約束されることでしょう。←しかしこれは、今の地球人にとっては、見果てぬ夢(生きているうちには達成されないという意味)かも知れない。

とにかくこの両国の口汚い非難合戦は、文字通り「耳クソ」が「目クソ」を笑う、のレベルで、ここに中国が入れば「鼻クソ」が入り乱れての中傷合戦で、目も当てられません。←せめて耳くらいは当てておきましょうね。

 

ここでの重要な教訓は「客観性」。 

小保方論文でも、韓国客船沈没事故の救助でも、中国の横暴論調でも、一部でしか通用しない論理で動いていては信頼性を欠き、周囲から追放されてしまう、ということでしょう。

 
 
 
 
 

2720 中国の武力行使

 

中国の「孫子の兵法」を都合良く理解する人の中には

「戦わずして勝つ」などの文言に酔ったあまり、「中国が平和国家であり続けた」、と見たがる傾向が見られます。  

別の見方では

中国4000年の歴史は、好戦的で内戦に明け暮れた歴史だったともいえ、むしろこちらの方が当たっています。

いやそれは昔のことだろう、という人でも、この数年来の中国共産党の好戦的な姿勢をみると、「孫子の兵法」が平和主義の象徴だったという見方に疑問を感じる人がでてくるのは自然な成り行きでしょう。何かに洗脳されるのではなく、さまざまな見方に触れておくと、よりいい判断を下せる、と思います。

 

こんなことを主張する人もいます。

 

中国の古典では、戦争や武力行使は決して絶対的な悪ではなく、相対的なものである。いったん自分たちが行う戦争の目的が正しいと判断されれば、どんな手段を行うことも正しいことになるのだ。自分たちの好戦的な振る舞いの責任を敵に押し付ければ、戦略の選択肢は制約されず、「不正な行い」も道徳的な意図が伴えば「正しい」という理屈になる。
 
このように、中国の古典は不戦屈敵や詭道だけでなく、武力行使の重要性も認識しており、中国人にとって「正しい戦争」ならば、彼らはあらゆる選択肢を柔軟に用いるという見方もできるのだ。 : P.358 エドワード・ルトワック「自滅する中国」奥山 真司 (翻訳) 芙蓉書房 2013年11月15日第4刷発行


この翻訳書の日本語は、必ずしもこなれているとは言えず、読みづらいところが多々見られますし、誤植も複数個みられますが、この1~2年前までの中国を扱った最新研究とも言え、重要な論調の一つには違いないと思います。〔引用した文章が読みづらいとは言えません。〕

この説によるまでもなく、中国の勝手な論調で「正しい戦争」というものがあれば、どんなことでも平気で行動に移すというのは、その通りでしょう。ベトナムが何を言おうとフィリピンが何を言おうと日本が何を言おうと、そこは中国の領海だと宣言するだけで、そこから出てくる論理がすべて「正しく」なり、相手が間違っていることになるからです。そこには客観性など必要ではなく、どう自主的に、いかに勝手に、論調を組み立てるかだけが大切です。こんな楽なことはありませんね(笑)。

 

勝手な主張
   ↓
混乱の責任は全て相手にある
   ↓
二カ国間交渉に持込むと威嚇しやすい

 

中国としては、周辺国が中国の威嚇を受け入れる(支配下に甘んじる)場合に限って、武力を行使せず指導?だけで済む、という意味でしょうか(笑)。

また自分の誤った行動から派生する混乱の責任が常に相手にある、とするのも恒例。つまり中国人にとって反省という言葉は存在しないのでした。自分が何をどういっても、どういう行動をとっても、これは絶対的に正しく、もしも反対する人(国)がいたら、それは間違っているのであり、自分で訂正しなければならない、という小学校高学年の児童の論理ですね(笑)。

こういうのを中華の独善といいます。「中華のお膳(ちゅうかのぜん)」ではなく、「ちゅうかのどくぜん」ですので念のため(笑)。

 

この手にかかれば

 

「武器さえ持たなければ侵略されない」という信仰国は、残念ながらチベットのように悲惨な結果を生むことでしょう。

最低限の阻止力と、周辺国との連携をもっていないと、この種の独善国家の横暴を、ただそのまま許してしまいます。

ヤクザや総会屋に対しては、毅然とした姿勢と行政・司法との連携がないと、不当な上納金をぼったくられるだけ、これと同じことですね。

 

沖縄の皆さんが

 

先の戦禍を記憶にとどめていて、戦争や武器に対する拒否感情をもち続けていることは、十分に理解できることで賛同する人も多いのですが、それに付け加えて中国に対する毅然とした姿勢を明示すれば、この感情が初めて普遍的な主張へと発展します。

 

中国のあまりにもひどすぎる横暴に触れることなく「ただ戦争反対・米軍反対」だけを叫んでいるなら、

  • 威嚇されたら、何の反論もせずに、唯々諾々と従う人たち
  • まるで自分たちが、日本やアメリカではなく中国による弾圧支配を望んでいる

と受け取られてしまう危険があります。これは中国人による「沖縄の主権は中国にある」という無謀な主張を補完するものです。

  

私が理解している範囲では、沖縄の庶民たちは 

 

マスメディアが主張する公の媚中(びちゅう)志向一色ではなく、中にはまともな主張もあり、相当な嫌中(けんちゅう)意見もみられます。

それはちょうど、韓国人の全てが反日だと受け止めるような一面だけを報道したがる日韓の報道社ですが、韓国へ住んだことも行ったこともないけれども、実際には公の主張と庶民の考えの間には大きいへだたりも見られる、というのに似ています。

これは儒教の影響を持ち続けている沖縄と韓国の共通点で、いい意味では、先祖や親や公の決定を大切にするとも言えますが、悪い意味では、公には反論しないだけで日常生活では、かなりきつい反論を吐露したり談合癒着を厳しく批判さえして二重構造が甚だしい。

 

遅くはありません

沖縄から、ぜひとも必要な発言をしてほしいと思います。

妙な左翼主義者を標榜する沖縄のマスメディアが中国の横暴を批判することなどあり得ないと思いながら、こう書いている次第でございます(笑)。

 
 
 
 
 

2014年5月19日 (月曜日)

2719 師と士

 

言葉は移り変わるもの、とは言っても 

  • 昔からの言葉を守り通す(死守する)
  • 今までにない新しい表現にこそ価値がある  

というのは良さそうに思われますが、もっと大切なこと 

  • 簡潔でわかりやすい(誤解されにくい)
  • 見て分るのではなくて聞いただけでわかる
  • だらだらとした印象を与えない(焦点がぼける)  

ではないかと思います。

主に障害となるのは

企業の宣伝文句(CM)で「目新しい」言葉を増産する傾向が見られることで、毎日聞かされる人の中には、もうそれが世間で通用している言葉だと受取りがち。それが先進的で立派なことである、とも信じています。

この世界には「言葉の魔女狩り」なる妙な言葉もあります。この言葉は「差別用語」なので使うな、という不寛容が跋扈(ばっこ)すると日本語の語彙がへり豊かさを失う、というのです。本当の「差別撤廃」からかけ離れた妙な言葉狩りなので、これにも一理あるでしょう。

また新しい時代に相応しい用語の統一ということも大切。

今回は「師」と「士」 を取り上げてみました。

 

まずは「師」と「士」の用例から。 

 

「師」には

医師 看護師 技師 教師 理容師 美容師 技師 など国家免許を必要とする例があり、特に免許と関連がない例としても 恩師 講師 などがあります。

また 看護人→看護士・看護婦→看護師 と変わってきた言葉もあります。 

法師 仏師 なども時代によってはほぼ資格に近かったことでしょう。琵琶法師や、個人名で三蔵法師・西行法師・弘法大師・止利(とり)仏師、それから川崎大師なども浮かびます。半世紀も前の新聞の連載小説では恐い顔をした法師のイラストが見られ、法師とは怖いものだと子どもに印象づけたものでした。陰陽師(おんみょうじ・おみょうじ・おんようじ)・薬師(如来)など宗教にも結びつきが強かったと言えます。 

一般社会では、殺陣師(たてし)・道化師 という例も見られます。

「士」には

建築士 整備士 航海士 介護士 栄養士 歯科技工士 理学療法士 会計士 税理士 弁護士 など国家免許を必要とする例もあり、何らかの資格を必要とする専門職で 棋士 力士 武士 博士 修士 学士 運転士 などがあります。

一般社会では、赤穂浪士・紳士淑女 という例も見られます。

 

これらの例からでは、どのような使い分けがされているのか、もうひとつはっきりしませんね。

 

次に市区町村名とその下にみられる「地名」で調べてみましょうか。 〔2013/08/30〒番号データから〕

 

市区町村名に「」を含む

これは、見つかりませんでした。

地名に「」を含む ・・・・ 243件 あり、その例としては

青森県弘前市上鞘師町 かみさやまち
宮城県大崎市古川師山 おおさきしふるかわ
もろやま三重県鈴鹿市土師町 すずかしはちょう
京都府京都市中京区蛸薬師町 なかぎょうくたこやく
ちょう

などが見つかりました。

 

市区町村名に「」を含む 重複を削除すると12件 

北海道士別市 しべつし
埼玉県富士見市 ふじみし
山梨県富士吉田市 ふじよしだし
静岡県富士市 ふじし
島根県隠岐郡海士町海士 あまちょう

地名に「」を含む これは大変多く主に「富士」 

福島県白河市士多町 しらかわししたまち
埼玉県川越市富士見 かわごえしふじみ
鳥取県鳥取市福部町海士 ふくべちょうあもう
 

 

有名人で調べてみましょうか。

氏名に「師」が含まれる

1955/03/19 頭師佳孝 ずしよしたか 大阪府 俳優
1960/02/15 師岡正雄 もろおかまさお 東京都 アナウンサー
1962/09/08 土師孝也 はしたかや 東京都 声優
1964/06/09 薬師丸ひろ子 やくしまるひろこ 東京都 女優
1968/07/22 薬師寺保栄 やくしじやすえい 大分県 ボクシング
1981/10/09 土師友紀子 はじゆきこ 東京都 女優
1990/05/19 図師未希絵 ずしみきえ 広島県 アーチェリー
1953/01/13 清水高師 しみずたかし 神奈川県 音楽家

氏名に「士」が含まれる 

1956/04/18 巨砲丈士 おおづつたけし 三重県 相撲
1960/04/03 刈屋富士雄 かりやふじお 静岡県 アナウンサー
1988/06/02 乾貴士 いぬいたかし 滋賀県 サッカー

 

以上、本日は何の結論もなく、ただ調査結果を並べただけに終わりまして、せっかく見ていただきながら、もうしわけごぜ~ませんですだ(笑)。

またのお越しをおまちしています・・・・

 
 
 

2718 教科書採択問題

 

日本ではここ沖縄以外ではあまり聞かない「中学校公民教科書の採択」問題で、当地の一部では混乱しているようです。

 

  • どちらの言い分が正しいのか、竹富町の方針に違法性があるのか、竹富町を含む八重山採択地域全体に違法性があるのか、よくわからない。
  • それぞれが正当だと主張していますが、話し合いを拒否して法律の不備を突くのは、一体どちらの側で、それにどの程度の意義があるのか、さえ不明。
  • そもそも、法整備を進めないで法律の不備を突き、中学校の公民の教科書くらいでゴタゴタもめているようでは、まったく情けない、とも言えます。
  • はたして、竹富町が、石垣・与那国と対立して、地域以外との結びつきを強くしているのかどうか。つまり竹富町が、地元ではなく飛び地となる「別の教科書採択地区への変更」を進めるのが賢明な道なのかどうか。
  • これについての上部機関である沖縄県の姿勢は、例によって「地元の尊重」らしい。これは沖縄県が県内で進めてきた方針を維持したい時に主張する姿勢のようで、新石垣空港建設候補地の設定でも見られました。上部で決めた候補地に関して地元では相当もめたようで、沖縄県は石垣市に「傍観しないで地元との間を調停するよう」に指示していたらしい。長い間もめにもめたあと地元石垣島からカラ岳近くの陸上案が出て、あっという間に決まったという印象でした。そして沖縄県は今では、辺野古沖への移転問題で、国から「傍観しないで名護市との間を調停するよう」に指示される側に立っているのでしょう。すべてのことを考慮しても、名護市と竹富町の姿勢が、周辺が何を言おうと自分たちのやり方を死守する、という点で、とてもよく似ているように見えてきます。妥協点を見いだそうとはせずに、自分たちの方針を死守する、というのでは中国共産党と同じではないか(笑)。
  • 確かに沖縄県固有の問題で、行政権と教科書採択地区とが一致していないところがあるようで、特に島尻郡が飛び地であっちこっちにみられます。昔は広大な地域を率いていた島尻郡ですが、その後、離脱した市が増えて飛び飛びとなったのに、教科書採択ではまだ島尻郡の区分けになったままなのでしょう。もしそうだとしたら法整備に不備があると言わざるを得ません。小手先で法改正しないで沖縄県が中心になって行政区分の再検討が必要なのではないでしょうか。 
 

こういう混乱をみていると、部外者には若干の違和感があります。当事者には切実な問題なのでしょうが、ややピントがずれているような・・・・・・。

 

  • もっともっと重要なことがたくさんあるのに、公民教科書程度でもめているのはなぜか。
  • 「オスプレイ、はんた~い」ももちろん結構なことですが、かれらが中国の横暴については、できるだけ触れないようにしているのにも違和感があります。本人たちが一生懸命なのは分りますが、なぜ日本全体にまで賛同の輪が広がらないのか。
  • もしも、①米軍依存に反対する、②中国の横暴に反対すると、③そして沖縄をどうするかの哲学、これらが沖縄から堂々と発信されるならば、その内容によっては日本の世論が大きく沖縄に傾くことでしょう。
  • 日本にはその昔、「何でも反対」という、社会党(現社民党)・共産党が元気だった時代がありました。当事者だけは頑張っていたとしても、その姿勢に疑問がみられ、徐々にこれらの政党が干されてゆきますが、沖縄ではまだこの傾向が強いようです。世界情勢と地域情勢をよく見て最善の方向へ進もうとはせずに過去の主張を繰り返してその他には耳を貸さない、という姿勢があるならば、これは「革新政党」ではなく「孤立する保守政党」でしょうね。
  • ウクライナでは、クリミア半島やウクライナ東部にはロシア系の人が多いので、隣国ロシアがウクライナの主権を無視して強引に併合しつつあります。これから連想することは、沖縄には文化的に中国共産党や朝鮮とも結びつきが強く儒教の影響が見られます。また中国系の人も多いため、日本による占領ではなく、中国による占領のほうを望むという潜在的な欲望が一部にみられ、それが世論として中国批判が出てくるのを抑制してきたとも考えられます。しかし沖縄が重要視している中国文化は多分唐の時代の文化にちがいなく、中国共産党が支配する現在の中国文化などとはまったく違っていることをご存じないのかもしれませんね。ちょうど古代ギリシャの哲学や文化を過大に評価する人がいてもかまいませんが、今のギリシャ人が古代ギリシャ人と同じであると錯覚しているのに似ているかも知れませんね(大笑)。
  • アフガニスタンが、内戦に次ぐ内戦、クーデターに次ぐクーデター、あげくのはてに弾圧されたと考えたイスラム政党が政府首脳の暗殺計画をし、この結果政府はソ連に介入を要請したようでしたが、これがまた混乱の始まりでした。タリバンやらアメリカが介入、ソ連の撤退、米軍の攻撃などなどが続きました。これから得られる教訓は、外国に依存するのではなく、自分たちが話し合って解決するのが遠回りのようで最善の解決策だということ
  • もしもですが、沖縄が混乱の末に中国に介入を要請したら、その混乱はますます激しくなるでしょう。混乱のあとには独裁政権が待っていて、のんきに「オスプレイ、はんた~い」のデモ首謀者は何の根拠もなく拘束され、いつの間にか姿を消し「国家転覆罪」のもと静かに粛正されるでしょう。もちろん人権などどこにもありません。
  • だとすると沖縄の「革新主義者」の皆様は、現在の中国に対する態度を明確にしなければなりませんね。反対の意見をもつ人たちを一律に「論外」と決めつけるのでは、中国共産党そっくりですよ(笑)。
  • かつて社会党が北朝鮮の実態には触れようとしなかったのと同じように、沖縄の革新政党が中国の実態には触れようとはしないからこそ、ある種の日本人が不信感をもっているのではないでしょうか。
 

さて皆様はいかがでしょうか。私もわかりませんが、よくお考え下さいね(笑)。

 
 
 
 
 
 
 
 

2014年5月18日 (日曜日)

2717 予報の「信頼度」

 

皆様は、気象協会の天気予報欄に「信頼度」の項目があるのを御存知でしょうか。A~C 表記されているのですよ。

 

実はわたしも昔から気づいていたわけではありませんが、分ったら大笑いですね。

そもそも天気予報を「確率」で表現しようとし始めたのには、「予想が当たらない」という批判を回避したいという動機があったと思われますが、さらに自らの予報の「信頼度」を「A」~「C」に分類しているのですから・・・・・・。

別の角度から言えば、当たるも八卦、当たらぬも八卦、をそのままにしておいてのではない、という意味では、実に正直だとも言えます。

その証拠を御覧頂きましょうか。

 

2014/05/17 07時発表の日本気象協会の10日間予報を、北海道函館市と沖縄県石垣市で見てください。 

20140517tenkiyoho_sinraido_ran

日に何回も更新されますから、実物へのリンクには意味がないと思いリンクを貼っていませんが、URLは示しておきました。もしそこへ到達してもデータは更新されていてこの図とは異なっているであろうと推測します・・・・。

 

ここでおもしろいのは

  • 最下段の「信頼度」という欄
  • 函館市に見られるお天気アイコンで、曇一時雨、と木理時々雨、がまったく同じ(つまり降水確率においても、アイコンにおいても、両者間まったく同じで、ただ言葉を使い分けている、という印象です)

もしも興味をもった人がいたら「日本気象協会」からご自分が住む個別のピンポイント予想へ飛び、「10日間予報」をご確認下さい。

 
 
 
 

2716 宗教の功罪

 
 

世界には、様々な宗教があります。

 

とは言っても、小規模の地域宗教をのぞけば、現在までせいぜい2000年程度の宗教の歴史でしょうが、残念なことにその短い歴史しかもっていない宗教が原因で深刻な事態を招きます。 

主な宗教を五十音順に並べると・・・・

  • イスラム教
  • キリスト教
  • ヒンドゥー教
  • 仏教
  • ユダヤ教
  • ・・・・

ほかに無数の宗教が見られます。もちろん信者の人数が少ないからといって価値が低いとは言えません。むしろ多いだけで内容に疑問をもつところもたくさんあります(笑)。

また同じ宗教でありながら、もう別の宗教ではないかと思われるほど醜い対立を繰り返す宗派が見られます。日本の「お稽古ごと」で言えば、山田流・生田流・野川流・・・・、やら表千家・裏千家・武者小路千家・・・・という、中国の「白髪三千丈」ならぬ「三千家」、などなど、宗教が無数に分かれて「お山の大将」を演じていらっしゃいます。

邦楽や茶道などがいずれも授業料をとって成り立つ「お稽古ごと」ですが、宗教界でも負けてはいません。ただし、ここではこれ以上触れないことにしておきます。

 

宗教もお稽古ごとも

 

人間の交流を基本としています。それが人間の付き合いの範疇にあればいいのですが、歴史を見ると、宗教が政治の表面に出てくることがしばしばありました。

いや現在でもある宗教が国家を作っているという国が無数にあります。いわゆる国教というものでしょうか。

私の見るところ、宗教国家と同列に論じていいのが共産主義国家で、原則的に他の政党の存在を認めないところから、共産主義国家は宗教国家そのものです。どちらも最高指導者がいてその決定が最高裁判所の決定になります。

いうところの民主国家というのは、一定の年齢以上のあらゆる人に選挙権と被選挙権を与え、不透明な「長老」とか「宗教指導者」という人たちが支配するのではなく、誰にも機会を与えて国家運営の一翼を担えるよう意図されていて、そこが上記の宗教国家や共産主義国家との決定的な違いです。

 

最近のニュースから・・・・

 

キリスト教から改宗拒んだ女性に死刑判決 スーダン

(CNN) スーダンでキリスト教の信仰を捨てることを拒んだ女性が、イスラム教の教えに背いたとして背教の罪に問われ、首都ハルツームの裁判所で死刑判決を言い渡された。女性側は判決を不服として控訴する方針。

死刑判決を受けたのはメリアン・イェイヤ・イブラヒムさん(27)。夫によると、イブラヒムさんはキリスト教徒だが、裁判ではイスラム教徒として裁かれたという。

人権団体アムネスティ・インターナショナルによれば、イブラヒムさんは妊娠8カ月目で、1歳8カ月の息子とともに拘置されている。判決ではさらにイスラム教のシャリア法に基づいて、イブラヒムさんがキリスト教徒の男性と結婚したことを姦通罪とみなし、むち打ち100回の刑も言い渡したという。

キリスト教人権団体によると、イブラヒムさんはイスラム教徒のスーダン人の父と、キリスト教徒でエチオピア人の母の間に生まれ、6歳の時に父がいなくなったため母にキリスト教徒として育てられた。

しかし裁判所は、父がイスラム教徒だったことを理由にイブラヒムさんもイスラム教徒とみなし、ほかの宗教の男性との結婚は無効と判断した。

アフリカの人権団体は今回の判決について、「スーダン自らが定めた憲法や国際法に違反する。メリアンさんは宗教的信念のみを理由として有罪を宣告された」と非難した。

米国と英国、カナダ、オランダの在スーダン大使館は、スーダン政府に対して信教の自由や改宗の権利を認めるよう求める声明を発表。「スーダンの司法当局に対しても、国民の価値観に沿った公正かつ温情ある姿勢でメリアムさんの裁判に臨むよう求める」と要請した。:CNN.co.jp 2014年5月16日(金)

 

このニュースに接して、この背景をまったく知らないまま考えたことですが、

  • イスラム教の不寛容
  • キリスト教徒の信念の強さ

で、どちらも信仰心が篤いことから発生した宗教の衝突ではないか。

私は、どちらかが正しい、とも、両方とが正しい、とも考えません。つまり両方とも間違っている、と思うのです。 

 

米ソの冷戦が終わって、いままで表には出にくかった「宗教対立」が表示化したともいわれています。いわば 

「資本主義⇔共産主義」の対立 → 宗教対立

という変化でしょうか。

そしてこの宗教対立は、避けられるのかどうか。もし避けることができないとするなら、最終的には武力対立にいたるのかどうか。

そんな時にこそ、宗教的には普段から軽んじられている感のある日本人、多神教をなんとも思わない日本人にこそ、何かができるのではないか、と思うのです。

 

あらゆる国の人が、日本人に対して

日本人に(一神教の)宗教心がないのはかわいそうですね。

と言いたがるのですが、本当に「かわいそう」なのは一体誰なのでしょうね。

ただしこれにはある程度の理解力が必要なようです。ようやく世界の人々の中で、自分の宗教以外の宗教が存在することを認める人が増えてきて、自分の宗教は絶対的だが、

「相手の宗教も尊重する」

という雰囲気が近年生まれてきたのですね。

せっかくこの雰囲気が生まれ始めたのです。

外国人としては、日本人ももっているはずの(一神教)宗教に対しても理解を示す余裕が生まれたのに、日本人に唯一神への信仰がないと知り、上のような「かわいそう」発言につながったのでした。これは明らかに間違いなのですが、そういう背景があったことを知っておいて損はないでしょう。

 

しかしこの良好そうにみえる時代の変遷、つまり今まで邪教とされてきた異教徒を認めようとする芽を摘むのが

  • それぞれの国の宗教指導者(という名の権威)
  • それぞれの国民が生活レベルで密接に結びついた宗教組織

であることに注目しなければなりません。かれらの中には、宗教対立があればあれほど喜ぶ人も必ずいます。宗教指導者の上位の人たちが、宗教の宥和を論じることがありますが、自分たちの宗教が存続することを前提として話をしていることが多いのです。

自分の宗教がなくなってもいい、地球上の民族の宥和のほうを優先する、などと考える徳の高い宗教指導者は、どこにもいないのでした。

 

宗教は、昔から世界の人々にとって、心の支えでした。

 

迫害と虐殺からから逃れるために、そして地域の統一を図って混乱と腐敗を避けるために必要だったと思われます。

しかしその宗教が原因で、どれだけの人たちが迫害と虐殺の犠牲者となったことか。そして宗教がどれほどひどい混乱と腐敗をもたらしたことか。 

あれだけ大切な宗教が、なぜあれだけ悲惨な道具になるのでしょうか。

 

未来の構図ですが、極端にいえば

  • 今のままの宗教構図で対立が生まれない仕組みを構築する。そうとうな努力と寛容さが必要か。
  • すべての既存宗教をなくし、とにかく「宗教対立」をなくす。宗教がなくても最低限の倫理観をどうたもてるか。
  • その中間で、全世界の人たちが、できるだけ宗教色を弱める努力をする。当然宗教国家はなくなり、宗教が糧となっている人々には別の重要な仕事に就いてもらう。

などが考えられるでしょうか。

 

今一度、特に自分の信仰の度合いが強い人にこそ、強く言いたいのですが・・・・

 

もう一度「宗教の功罪」について

  • 自分がどれほど被害者であったか
  • 自分がどれほど加害者の側に立っていたか 

この両方を考え直してみませんか。 

 

そして宗教指導者の人たちにも言わなければなりません。

 

  • あなたたちが一番正しいと思っている宗教観は、あなたの所属する宗教組織内でだけ意義のあることですか、それとも所属しない宗教でも意義がありますか
  • 世の中で一番正しく、それ以外は間違っていると、これからも信じ続け、教え続けるつもりですか
  • 500年後でも、やはり今の対立のままでいいと考えるか、それとも良くする方法があると思いますか
 

被害者意識と加害者意識

 

誰もが小学校時代に「いじめられた」経験を語りたがるものですが、自分がひょっとしたら「いじめた」側にたっていたのではないか、と考える人は少ないものです。 

そう、人には被害者意識だけが長く残り、加害者意識は消え去ってしまうものなのです。宗教家や信者にも同じことが言えませんか。

もしもこれが少しでも広まれば、宗教対立が少しでも少なくなりそうで、混沌とした中に一筋の光が見えそうですが・・・・。 

 
 
 
 
 
 

 

2014年5月17日 (土曜日)

2715 沈没が残したもの

  

ニュースによると、韓国では、一ヶ月前の客船沈没事故で国民が沈みこんでいるらしい。 

 
韓国社会に深い傷=強まる若者の不信-客船事故1カ月

 【珍島(韓国南西部)時事】死者・行方不明者304人を出した客船「セウォル号」沈没事故から16日で1カ月。前途ある多数の高校生が犠牲となったことに、韓国社会は依然、悲しみとやり場のない怒りに包まれている。事故後も乗組員や運航会社の無責任さや、政府のまずい対応が次々と露呈し、国民の不信感は強まる一方だ。

 社会学者の玄宅洙・韓国社会問題研究院長は「大人たちのせいで若者を犠牲にしてしまったことに、国民は大きな傷を受け、立ち直れない状況だ」と指摘。「いざというときに船長や海洋警察も守ってくれず、公務員も閣僚も大統領も何もできないと思い知った」と厳しい。

 若者の大人への信頼も揺らいでいる。韓国紙「ヘラルド経済」が最近、16~19歳の男女を対象に実施した調査では、82%が政府の対応が不適切だったと回答。69%は、同様の事故が起きたら大人たちは同じ行動を取ると答えた。

 また、80%が「高校生の犠牲を自分のことのように感じ、憂鬱(ゆううつ)になったことがある」とし、「事故を機に移民を考えた」との答えも43%あった。:時事ドットコム(2014/05/16-14:34)

 

最初に言っておきますが、一部の口の悪い韓国人なら、蔭では

今回の韓国の事故で日本人は「ざまをみろ」と考えているに違いない

と言っているでしょう。

しかしそれは、自分たちを日本人へ投影した誤った見方ですよ。日本人は他の国に起った事故を喜ぶような国民性ではないのです。一部の韓国人とは違って・・・・(笑)。

 

さて、反日であれだけ元気に騒いでいた国が、客船事故の後遺症で静かすぎるというのです。

ワタクチメ「はと」としては、韓国の皆さんに、もっともっと頑張ってもらい、一生懸命に反日の糸口を探して、再び元気な姿を見せて欲しいものです(笑)。

 

でも予想されるのは、韓国人が沈み込むことによって、ひょっとして、万が一ですが、一部では、今まではあり得なかったのですが、「自分の姿を見つめ直す」作業を知るのではないか、ということです。

世界中で通用する客観性というものがまったくみられなかった韓国人がこの事故をきっかけにしっかりと自分の姿を見つめ、自分たちの歴史を客観的に見直し、世界に誇れる民族へと脱皮できれば、この悲しい沈没事故も画期的なきっかけを与えてくれ、貴重な折り返し点になると思うのです。そしてぜひとも、そうあってほしいと願うのでした。

 

ただしこのアンケートでは「事故を機に移民を考えた」のが43%あったといい、もしもそれが事実なら、やはり韓国人の更生は難しいかも知れないと情けなくなります。

移民を希望し、受け入れてくれる国があったと仮定し、無事に移民できたとしても、やはり移民先で今までと同じような客観性を欠く言動を繰り返したら、そこの社会から間違いなくはみ出してしまうでしょうし、それを差別によるものだと保身から叫ぶならば、やはり生まれ故郷へ戻るしかないのでしょうね。自分自身が差別主義者であり続けて、相手を差別主義者だとののしるのは、よろしくない。

ということは客観性をもてない場合、韓国人たちは依然として自分たちの故郷で、今まで通りわけのわからないことを大声でしゃべり、世界中のどこからも相手にされずに、幸せに仲間ケンカをしながら楽しく暮らし続けることになるのでしょうか。 

 
 

韓国の皆様が、一刻も早く、沈没事故の後遺症から立ち直るよう、心から祈っております。これは本当ですよ(笑)。 

朴槿恵(パク・クネ)が、再び元気に反日発言を世界中で繰り返すことを、期待はしていませんが、想像するけふこのごろでおぢゃります(笑)。

 
 
 
 

 
 


 
 
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